まるで昔の彼女の様な、古いピンボールマシン・・・

VMDコンサルタントの藤井雅範です。

 

もう20年以上前になるかな。

芦屋でボクの友達がピザの美味しいバーをはじめた。

その店自体は35年ぐらい前からあって、正確に言うとボクの友達が経営権を買って引き継いだ、ような形。

当時は川の近くのビルに入っていて、山側と海側に窓があった。

北側の窓の一画は少し区切られたコーナーのようになっていてそこにはピンボール台が置かれていた。

昔話

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当時としても年代物のピンボール.

おそらく70年代の代物。

スコアを示す表示も、当時既にあったデジタルではなく、スロットルが回転するアナログなもの。

その店のレトロ・アメリカンな雰囲気にとっても良くあっていた。

当時ボクは毎週末はその店に行き、仲間たちとピンボールに興じたもんです。

特に良いスコアは出せなかったけど、夢中になった。

古い機械なので、フリッパー(ボールを跳ね返すバット)の動きが遅かったり、当てるターゲット(的みたいなものが並んでいてそれに当てると点数が上がる)の反応が鈍かったり、人間味あふれる機械でした。

ある程度の点数を取ると1ゲームアップ(1ゲームただで遊べる)します。

その点数に到達すると『コツン』というかわいた音で知らせてくれる。

その音が何とも好きだったな・・・

アメリカ村にて

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大阪はミナミのアメリカ村に、ビッグステップというファッションビルがあります。

久しぶりに足を踏み入れました。

その3Fには沢山の古いピンボールを集めたスペースが出来ていた。

懐かしいピンボールマシンたちとの再会。

残念ながらボクが友達の店でプレイしていたモノよりは後の年代のものです。

スコア表示がデジタルになっている。

しかし、これだけ集まると圧巻。

1973年のピンボール

ふと、こんな一文を思い出しました。

『やあ、と僕は言った。

いや言わなかったのかもしれない。

とにかくボクは彼女のフィールドのガラス板に手を載せた。

ガラスは氷のように冷ややかであり、ボクの手の温もりは白く曇った10本の指のあとをそこに残した。

彼女はやっと目覚めたようにボクに微笑む。

懐かしい微笑みだった。

ボクも微笑む。

ずいぶん長くあわなかったような気がするわ、と彼女が言う。

ボクは考えるふりをして指を折ってみる。

三年ってとこだな。

あっという間だよ。

僕たちはお互いに肯いてしばらく黙り込む。

喫茶店ならコーヒーをすすったり、レースのカーテンを指でいじったりするところだ。

君のことはよく考えるよ。

眠れない夜に?

そう、眠れない夜に、と僕は繰り返す。

彼女はずっと微笑みを絶やさなかった・・・・・』

(村上春樹 1973年のピンボール より一部抜粋)

 

これは主人公が昔夢中になったモノと3年ぶりの再会を果たすシーンです。

そう、モノとは実にピンボール台のこと(笑)

まるで昔の彼女との再会シーン、ですよね・・・

まとめ

古い機械はとっても人間味あふれています。

思い入れがあるモノも多い。

だから村上春樹が、まるで女性のように古いピンボールを描く、その感覚は良く理解できる。

ボクもビッグステップで懐かしい思いに浸れました。

 

ボクの友達の店、その後

ボクの友達の店は、場所を移転し現在も営業を続けています。

偶然ですが、最初の川沿いのお店は、村上春樹さんの小説に出てくる、三代目のジェイズバーのモデルになったという一説のあるお店でした。

いまは、JR芦屋駅近くで営業を続けています。

相変わらずピザはおいしく、週末になると仲間が集まる。

もうピンボール台はないけれど。

あっ、当時のピンボール台のスコアボードが壁面に飾られています。

ボクたちが夢中になって遊んだ、名残り・・・

興味のある人はどうぞ訪れてください。

芦屋 GRASS

マスターが昔話をしてくれるかも。

・・・・・そういうことです。

 

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