太腿のアザとB29と・・・

VMDコンサルタントの藤井雅範(ふじいまさのり)です。

阪神大空襲

『終戦目前の1945年8月5日深夜から6日未明。兵庫県神戸市東部から尼崎市にかけての一帯は、米軍のB29の編隊に一斉爆撃を受けた。死者900人以上ともいわれる阪神大空襲だ。この結果,御影,芦屋,西宮の全市街地の約3割に損害を与えた・・・』

 母の話

ボクの母親の太腿の内側に、小指の先ほどのアザがあったことを今でもはっきり覚えている。

それはまるで、真っ白な半紙に誤って落とした墨汁の滴ように、くっきりとしたコントラストを描いていた。

小さな頃、一度そのアザについて尋ねたことがあった。

すると彼女はこんな話をしてくれた。

「戦時中、阪神大空襲のとき、小さな妹を背負って防空壕へ逃げたんよ。私もまだ8歳やったけどもきょうだいのなかでは一番上。だから妹を背負ったまま逃げた。その時に足を取られて、こけてしもたんよ。その時の傷がアザになって、今もここに残っているんや・・・」

「ふーん、そんなことがあったんや」とボクは思った。

しかしそれ以降、彼女の口からはその時の話はもとより、戦時中の苦労の話は聞いたことがない。

避けているのか、話したくないのかはわかりません。

でも、戦争における苦労話をすることはありませんでした。

父の話

1995年の阪神大震災のあと、新聞を読んでいたらボクの父親が載っていた。

昭和13年の阪神大水害、昭和20年の阪神大空襲、平成7年の阪神大震災。

“三っつの大きな災害や戦争を経験してきた人”として取材された記事です。

実は水害でも空襲でも大変な苦労をしていたらしい・・・

ボクがたまたまその記事を見つけてるまで、そんな経験を父親がしていたことは知りませんでした(もちろん阪神大震災は近くにいたので知っていますが)。

しかし、ボクの前では大水害や空襲の話をしたことはなかった。

せいぜい、空を飛んでいたB29(アメリカの大型爆撃機)の話くらい。

水害の話も、戦争の苦労話もほとんど聞いた記憶がない。

母親と同じく、避けているのか、話したくないのか?

それはわかりません。

ただ、ボクの父親は少年時代は体が弱かったらしい。

同年代の子が学徒動員(戦時中、労働力不足を補うために、生徒が軍需産業や食料生産に動員された)されていく時代に、病弱な父親は縁側でぼんやりと日向ぼっこをして外を見つめていた、というような話を、親戚から聞いたことがある。

どのように語り継ぐのか・・・

そんなわけで、ボクは両親から強烈な戦争の体験談や苦労話はほとんで聴かせられていません。

そんなことを語るよりも、戦争からの復興、経済成長へがむしゃらに働くことが、当時は優先されていたのでしょう。

しかし、母親の白い太腿を見るたびに、あの話は思い出された。

バリバリ働く父親の姿を見る反面、縁側でぼんやりしている少年を思い浮かべたり。

直接的な話は聞かなくても、なんとなく想像の中で戦争の悲惨さを感じることは出来ていました。

彼らは口に出してその悲惨さを伝えることはせず、日本の高度経済成長を支えるべくがむしゃらに働いた。

そしてボクたちにその背中を見せることで、語り継ごうとしていたのかもしれない。

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さて、ボクたち戦争を経験していない世代はどのように語り継げば良いのだろう?

父や母と同じように黙って背中で語ってもきっと伝わらない。

でも平和は守り続けなくちゃいけない。

次の世代も、その次の世代も。

戦争からの復興、経済の高度成長は成し遂げました。

これからの時代は、競い合うことより調和すること。

他者との違いを指摘するより、違いに寛容であること。

“損得”よりも“善悪”を考えること。

こんなことを次の世代に伝えていけたらよいですね。

ボクもなかなか出来ていません。

でも、そうする姿を見せていけるようにしたいな、と思った今日。

あれから70回目の8月15日。

・・・・・そういうことです。

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藤井 雅範

代表 VMDコンサルタント株式会社ライトハウス
アパレルメーカー 株式会社ワールドにて28年と9ヶ月、一貫してVMDの専門職に従事。レディス、メンズ、雑貨ブランド。セレクト、ファミリー及びスポーツ業態のVMDを経験。複数の事業部にてVMDマネージャーを歴任。エクスペリエンス・マーケティング実践塾55期生。《藤井雅範のプロフィール》

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  1. あおきゆき

    藤井様

    私は、していい戦争はないと思っておりますし、今もこれから先も、平和であることを願います。

    様々な困難な事でも、話し合いで解決したり、歩み寄って調和して共存していけたらいいのに と思います。

    いつまでも平和を願える心でいられるよう、自分の心も平和を保っていきたいです。そして、身近なところにも平和を願います。

    ありがとうございます。

    青木由紀

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