芦屋の街を歩いて感じたこと

海岸の白い砂。

公園の白い土。

白のなかに、ほんのり赤みを帯びた御影石。

それらは、子供の頃から当たり前のようにそこにあった。

あまりに自然すぎて、特別なものだとは思わなかった。

でも、関東ではほとんど見かけない。

アーチの強い赤い瓦屋根。

スタンドグラスの窓がはめ込まれた洋館。

主張は強いのに、なぜか静か。

今でもこの街には、そんな風景が残っている。

おしゃれな人が多く住む街は、

街そのものがファッショナブルだ。

でもそれは「流行っている」からじゃない。

長い時間をかけて、選び続けてきた結果だ。

 

芦屋博士と街を歩きながら、

僕は店舗のことを考えていた。

 

売れている店と、長く愛されている店は、

似ているようで、決定的に違う。

前者は「今」を取りに行く。

後者は「時間」を味方につけている。

 

街がそうであるように、

店もまた、思想が風景になる。

看板、照明、スタッフの立ち姿。

それらは言葉よりも正直だ。

 

もし自分の店が、

街の一部として語られるとしたら、

どんな風景として記憶されたいだろうか?

 

答えは、短期的な数字の外側にあることが多い。

 

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