猿の檻のある公園

「とにかく僕たちは泥酔して、おまけに速度計の針は80キロを指していた。そんなわけで、僕たちが景気よく公園の垣根を突き破り、つつじの植え込みを踏み倒し、石柱に思い切り車をぶっつけた上に怪我ひとつ無かったというのは、まさに僥倖というより他なかった。僕がショックから醒め、壊れたドアを蹴とばして外に出ると、フィアットのボンネット・カバーは10メートルばかり先の猿の檻の前にまで吹き飛び、車の鼻先はちょうど石柱の形にへこんで、突然眠りから叩き起こされた猿たちはひどく腹を立てていた。・・・」

初めて『風の歌を聴け』という小説を読んだ時、主人公たちが車で突っ込んだ公園のモデルがどこなのか?すぐにわかった。

そこは子供の頃から馴染みのある場所だった。

だって普通の街の公園に、猿がいる檻があったから。

冒頭の引用は村上春樹さんのデビュー作『風の歌を聴け』から。

そこに登場する猿のいる檻のある公園のモデルとなったのは、芦屋にある『打出公園』。

今は猿はもういない。でも檻だけは残されている。

『お猿の檻のある公園』として市民や村上春樹ファンに愛されている。

 

しかし、市の方針で檻も撤去されるらしい。

猿がいなくなっても残されていた檻。

中には何者も閉じ込めてはいない檻。

その情緒は理解されないんだろうなぁ・・・

 

もう50年以上前になるかな。

公園の近所に叔母さんの家があったので、僕もよくここで遊んだ。

本当に猿がいたので、来る度にワクワクした。

どうだろう、撤去するという発想ではなく、もう一度動物を飼ってみたら?

今の子供達の喜ぶ顔が浮かぶ、あの頃の僕達の様に。

 

ちなみにこのエリアは古くからの建造物や神社や店舗が残されている。

公園のすぐ北隣は旧芦屋市図書館。石造りの洋館で明治時代に大阪から移築されたらしい。ここは“カンガルー日和”という短編集(“羊をめぐる冒険”の頃の作品)の一番最後に入っている“図書館奇譚”というお話に登場する図書館のモデルだと思われる。“海辺のカフカ”に登場する甲村図書館も、この図書館がモチーフだと思う。

僕も勉強と称してよくここに来た。たいてい友達に会えたから。

更にそのナナメ北側には菅原道真公を祀った打出天神社。

そして公園を南に下ると元町ケーキ。ここは『ザクロ』というケーキが人気。初めて食べてから50年くらい経つけど、変わらない大好きな味。

『風の歌を聴け』という小説は映画化もされた。

監督は大森一樹さん。

ちなみに映画でフィアットが突っ込んだのは、猿の檻のある公園ではなく、実に西宮球場だった。

当時は阪急ブレーブスの本拠地であり、競輪も行われにぎわった球場。

『サンボア』という独特なカレー屋さんが、駅から球場に向かう道沿いにあった。中学時代、毎週土曜日に通った思い出の店。

震災を経て道路拡張、かつての球場は『西宮ガーデンズ』というショッピングモールとなり、大きく姿を変えた。

 

時の経過で街はどんどん姿を変えていく。これは仕方のないこと。

ただその街のカルチャーは、引き継いでいきたいものだ。

目に見えるものだけではなく、その裏側のストーリーとともにね。

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