バスガイドはエンターテイナーだ!|沖縄の思い出

VMDコンサルタントの藤井雅範です。
憧れの職業だった『バスガイド』
その昔、女の子のあこがれの職業の一つに『バスガイドさん』があった。
いや、今もそうかもしれないけど、昔はとっても人気のある職業。
小学校の遠足や修学旅行、家族旅行での観光バス、ご近所の自治体の観光旅行、どれにも欠かせない、重要な存在だったのです。
旅先の観光案内はもちろん、見知らぬ人たちが乗り合う場合は、場を和ますムードメーカー役になる。
運転手のサポートもすれば、旅の時間管理も行う。
観光地の歴史にもとっても詳しい。
歌がうまい。
話も面白く、笑いのツボを知っている。
容姿端麗で、記念撮影ではひっぱりだこ。老若男女から人気がある。
乗客を愉しませるスペシャリスト。
当時のバスガイドさんは、まさにあこがれの職業だったわけです。
沖縄旅行で出会ったバスガイドさん
ボクが初めて沖縄を訪れたのは家族で沖縄海洋博を見に行ったときです。
1975年から1976年にかけての冬休み。
当時中学一年生だったボクは初めて飛行機に乗り、沖縄の土を踏みました。
当時の移動の手段はもっぱら観光バス。
海洋博覧会場だけでなく沖縄本島内を巡りました。
その時のバスガイドさんがとっても印象的だった。
明るく元気。
声も大きくハキハキ喋る。
歌はうまいし、話は面白い。
乗客をのせるのも、うまかったなぁ。
やがてバスは本島南部へ向かうと、そのバスガイドさんの様子が一変。
語り出したのが、ひめゆり部隊のお話。
ひめゆり部隊とは、日本軍の看護訓練によって作られた、沖縄の女子学生と教師で構成された女子学徒隊の中の一つの部隊名です。
1945年の米軍の本土上陸時に追い詰められ、逃げ場を失い、たくさんの犠牲者をだした、とても悲しいお話。
明るく元気だったバスガイドさんが、流れる涙をそのままに、ひめゆり部隊のお話しを語りはじめたのです。
聞いているボクたちの脳裏に、当時の情景がまざまざと浮かんできました。
逃げ惑う女学生たちの姿がありありと感じ取れた。胸が痛くなってきたのを、思い出します。
それほど情景がありありと伝わる、バスガイドさんの話口調だったのです。
実にもう40年以上前の沖縄旅行。
その思い出の多くは、このバスガイドさんだったのです・・・
一人5役のエンターテイナー
バスガイドさんって一人で何役もこなします。
歌は上手い(歌手)
地理や歴史に詳しい(先生)
笑いも取れる。(芸人)
ルックスも良い。(モデル)
さらには運転手やお客さんのサポートも出来る。(マネージャー)
そして語り部として、伝わるように伝えることができる。(役者)
まさにエンターテイナーだと思います。
一人二役以上だと圧倒的になれる!
こういう要素って今も大切だと思います。
ブティックの販売スタッフだけど、フォロワーが10000人居るインスタグラマー。
美容室経営者だけどサッカージャーナリスト。
税理士だけど大河ドラマ評論家、時にはイメージトレーニングの講師で、マーケティングのコンサルタントも行う。
あっ、アパレルメーカーの社長なのに芸能人以上に芸能人って人もいましたね!
ブティックの販売スタッフはたくさんいるし、フォロワーが10000人以上いるインスタグラマーもたくさんいる。でもそれらを両方同時に満たすのは、グッと絞られてくるのです。
複数の肩書を持つと圧倒的になれる。
だからこんな人達は、選ばれやすい。
あなたが今のビジネスにプラス一役するとすれば、何を選びますか?
自分自身が好きで好きで仕方ないことをかけ合わせると良いかもしれません。
それが出来ると、選ばれやすい存在になると思います。
さて、ボクは何をプラスしようかな?・・・
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