祖母の桃|第1話
夏休み、御影の家で。
子供の頃、夏休みになると、
一人で御影にある祖父母の家へ泊まりに行った。
祖父母の家は、古い日本家屋だった。
庭には灯籠があり、
井戸もあった。
昼間は蝉の声がして、
夕方になると、庭の向こうから少しずつ風が入ってくる。
今思えば、
子供の僕には、少し広すぎる家だった。
夜になると、家の中が急に静かになる。
その静けさが、子供心に少し怖かった。
お風呂は、昔ながらの五右衛門風呂。
円形の鋳鉄製の浴槽で、
直接触れると、とにかく熱い。
中には板が浮かべてある。
それを足で沈めながら、
そっと入る。
縁にも触れないように、
体を小さくして入っていた。
外では、祖母が薪を焚べている。
「ぬくもってるか?」
「熱ぅないか?」
そう聞いてくれる。
でも、薪のお風呂だから、
温度調整はなかなか難しい。
祖母が焚べる薪の量。
積み上げる形。
吹き込む息の勢い。
それぞれを調整しながら、
ちょうどいい湯加減をつくるには、時間がかかるのだ。
僕は風呂の中で、
熱いのか、ぬるいのか、よく分からないまま、
「うん」
と答えていたような気がする。
祖母は、いつも着物姿だった。
家では、その上から白い割烹着を着ていた。
そして、いつも穏やかな笑みを浮かべていた。
夕食が終わると、
僕は少し眠くなる。
夏の夜は長い。
蚊取り線香の匂い。
遠くで鳴く蝉。
古い家の木の匂い。
布団に入ると、
昼間の暑さが少しずつ遠ざかっていく。
そんなある夜のことだった。
布団に入ってしばらくすると、
祖母が枕元に何かを持ってきた。
「これ、食べ」
そう言って置いていった。
フルーツだった。
その中に、
大きな桃があった。
僕は、少し驚いた。
桃は、僕にとって、
それほど身近な果物ではなかった。
美味しいけれど、
普段から食べるものではない。
家にあっても、
家族みんなで分けて食べるものだった。
ところが、その夜は違った。
その桃は、
僕のために用意されていた。
しかも――
皮まで剥いてあった。
その桃を食べたときのことを、僕は今でも覚えている。
【第2話へつづく】
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